入院中、怒り心頭。

入院七日目。

 

病院の消灯は早い。

私が入院してるこの病院も22時には閉店ガラガラだ。

 

この時間に寝るなんてよほどの事がない限り考えもしないだろう。

そんなわけで寝るには寝るが、どの時間帯に寝ようが間で目が覚める事は年寄りの醍醐味と言っていいだろう。

 

そして私は案の定目が覚める。

口呼吸で寝てる私は目が覚めると、喉に違和感が出るので必ずうがいをしなくてはならなくなる。

そこで洗面所でうがいをするわけだが、私が入院してる所は古い病院なので部屋に洗面所やトイレがついていない。

したがってトイレもそうだが、歯磨きやうがいとなると病室から出たところにある大衆洗面所に赴かねばならない。

 

夜中に目覚めたその夜もしぶしぶ大衆洗面所に向った。

当然、洗面所には誰も居らず電気すらついていない。

勝手知ったる私はスイッチを入れ電気を点けうがいをしていた。

 

その時、正義の旗を振りかざした夜勤看護師がやって来て、「ここは朝6時までは使用禁止ですよ!」と突然非常にご丁寧なご指導をご鞭撻してきた。

 

その看護師は自分の正義を果たし、さも満足気な様子でその場をまるで世界一周大型旅客船が大海原へと向かうように優雅にゆっくりと去っていったが、その規則を知らなかった私は啞然としてしまった。

入院する前に説明パンフレットをもらったが、そんな注意事項は一言も書いてなかったぞ!

ましてやそういう説明も受けてないぞ!

私は術後の腕の痛みを忘れるくらい腹が立った。

 

その後再び寝ようと努めてはみるが、私の胸の奥で噴水のようにわいてくる怒りが血液を沸騰させ体中を駆け巡り頭まで到達すると、正義の旗を振りかざし非常にご丁寧なご指導によるご鞭撻をした夜勤看護師の事がどうにもこうにも許せなくなったのである。                                                                                                 

 

そこで私は翌朝、病院の売店で便箋を買い十枚つづりの抗議文をしたため、負の感情と共に病棟の意見箱に投函しようとしたその刹那、私の頭にあの方がご降臨された。

   

 

 

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達夫さまのおかげで怒りに支配されてた私は正気を取り戻す事ができ、手にしていた抗議文の投函を止めた。

 

しかし怒りと言うものは恐ろしい。

報道などで親が子を殺めた、その逆も然り。

そんな事がある現代において、もしかすると私自身もそうなっていたかもしれない。

怒りというエネルギーが抗議文を書かせたり、怒りの血液が復讐劇を考え、行動を起こそうとしていたのだから。

 

けれど誰だってその可能性はあると思う、怒りというものはなくならないのだから・・。

 

私のように達夫さまでなくともいいが、自分の中に内なる神をもっておくのもいいのかもしれない。

 

赤子は「おぎゃー!」大人は・・

3月19日。

吾輩、右手首の手術を受けたる。

 

 

 

 人生初手術也。

 

 

 

 

 

 

手術は全身麻酔だったため意識が戻った時には終わっていたが、その全身麻酔をするには尿管カテーテルっちゅーたるもんをつけなけりゃならんと・・。

そんでそれを初めてやったわけだが、あれはキッツいもんだね・・

付ける時は麻酔がかかってるからわからないが、目覚めてからがもう大変大変・・。

 

口は酸素マスク、左手は点滴に加え自動血圧測定バンドがまかれ、右手は術後のギプス固定、胸は心電図、下は尿管カテーテル・・。

全然身動きがとれない状態・・。

水も食事もダメの絶飲絶食、この状態が一日半。じゃあ寝るしかないと寝ようとすると、点滴が無くなるごとにアラームが鳴ったり、一時間ごとに看護師が来て、血圧を見たり体温を測定したりで起こされる、おちおち寝てもいられない・・。

 

その後、担当医師の指示によりすべてが取り外されたが、尿管カテーテルを抜き取る瞬間、吾輩はこの世に生まれ出た際に赤子が発するぐらいの産声をあげた。

もっともこの時は「オギャー!」ではなく、痛みによる「うぎゃー!」という叫び声だったのだが・・・。

 

それですべて終わりだと思っていたが地獄はまだ続く。

尿管カテーテル後初めての排尿時、血尿と共に尿道が焼けるような痛みが吾輩を襲った。

再び「うぎゃー」と叫び声をあげながらの排尿。

以後、吾輩は尿意をもよおす度に恐怖に身を震わせた・・。

このプランが一週間。

 

 

不安、痛み、恐怖、恥、絶望・・・。人生とは実に豊かなプランがあるではないかと思い知らされてる次第である。

ひどいじゃないか!運命!

「判決を言い渡す!」

「来たる3月18日。手の使い過ぎにより、被告人を○○留置院に拘留する。」

 

運命の裁判官はそう判決を下した。

 

私は病院にて監禁されることとなった。

即ち入院という事である。

 

昨年12月に右手首が痛み出し、最寄りの整形で診てもらうと「尺骨突き上げ症候群」という診断がくだされた。

 

腕の肘から手首にかけて伸びてる骨が二本あり、親指側に伸びてる骨を橈骨(とうこつ)、小指側に伸びてる骨を尺骨(しゃっこつ)と言うらしく、私はこの尺骨が人よりも少し長いため、その先端が手の甲の組織だか軟骨だかを突き上げるように圧迫することに加え、橈骨と尺骨が擦れ合って両方とも骨が削れすぎて損傷してるため痛みが出てるとの事だ。

これらが原因なのは確かだが、結局は手の使い過ぎや強い衝撃によることがそもそもの原因という事だ。

 

完全に治すには手術が必要だと言われたが、大ごとになるのでしばらくはサポーターを付けて様子を見てくれといわれた。

しかし年が明けてもどうにも変化がないので再度受診すると、手専門の外科を紹介するからそこへ行ってくれと言われ、その後なんだかんだで手術という流れになってしまった・・。

 

手術をすれば完治するまでにおよそ三か月かかると言われ、その内一か月間右手はギプス固定というオーマイガー!な状況になり、当然その期間は休養という事になる。

私は気持ちが沈んだ・・。

 

その後、職場にこのことを報告し三か月の休職願いを出した。

 

なぜだ?何の罰だ?なぜ私がこのような目に遭わなければならないのだ・・

私が一体何をしたというのだ・・。

 

例えばだ!

 

私のこの右手が!!

 

痴漢をしたというのならばこういう罰が下っても納得は出来る。

受け入れようではないか。

しかしあいにく私はそのような事は一切してはいない。

それだのに・・、それだのに!・・・である。

 

私は憤りを感じながらもこれから春の陽気になっていく日の事を思った。

                                                                                   

これからどうなるのか分からないが、分かっていることは3月19日に手術が行われ、その後は不具者になり新たなステージに立たされる、という事だ。

不具者として・・・だ。

 

ここ数日不安にさいなまれる日々・・。

 

運命の日は確実に迫っている・・。                       

                                                                                                                                                

ダラダラしちゃダメですか?

男は思った。ダラダラしたいと・・。

 

雪の降る寒い日にどこにも出かけず、満足するまで大好きな森永のガトーショコラを好きなだけ食べて、暖かい部屋でゴロゴロしていたいと・・。

好きなことだけやっていたい・・と。

 

やろうと思えばできない事はない。

ただそれをやってしまうと、はまってしまって出てこれなくなる沼のような状態になりそうという事、そしてやった後の罪悪感、そこの世界から再び戻ってこれるかの心配・・・、これらの事を考えて男はそれが出来ないでいるのだ。

 

なぜこんな事を思ってしまうのだろう?

これはすべて欲望から来るものなのだろうか?

 

こういう欲望を持つことは、過去に男がそういう経験をしてしまったからなのだろう。

 

例えば男はフォアグラというものを食した経験がない。

食べてみたいという欲求はあるが、食べられないならさして食べなくてもいいと思う事もできる。

 

これはフォアグラという物の美味しさを知らない、食した経験がないからこそ、そう思う事が出来ると私は考える。

 

ダラダラしたという経験さえなければこんな欲望は浮かばないはずだ。

しかし経験してしまったことを消す、なんてことが可能だろうか?

 

どこぞのお偉い誰かが言っていたように、自分の経験をデータ化できたりすることが可能になれば、不必要な経験も消せるのではないか?

それが可能になれば、ダラダラしようなんて考えなんかなくなるのに・・・、と男は思った。

 

欲望があるからこそ前に進める事だってある。

欲しいものを買うために頑張る、旅行に行くために今を頑張る。

じゃあいっその事、ダラダラしてから進めばいいじゃないか?

ダラダラすることがそんなにいけない事なのか?

 

ダラダラしたい・・だなんて普段はダラダラしてないみたいだが・・。

ガトーショコラは食べないけど、ダラダラは絶対どこかでしてはいると思うわけで・・。

 

しかしただ単にダラダラしたいだけなのか、ガトーショコラが食べたいだけなのか?

その両方を味わって乾いた生活を潤わせたいのか?

 

写真や記憶は遡って想いに浸れる。

それならば、ダラダラしてガトーショコラを食べた過去の自分の記憶に会いに行く、というのはどうだろう?

 

要するに記憶の答え合わせだ。

あの時抱いた感情は間違いではなかったのか?合ってたのか?

そして男は決心をする。

 

よし、ちゃんとダラダラしよう!もちろん、ガトーショコラを食べながら・・・。 

 

 

 

     ♪ら~ら~ら~♪ガトーショコラ・・・ガト~ショコラ~・・・


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やる気がない・・「冗談じゃないわよっ!」

♪く~る~ きっと来る~ きっと来る~♪っていう歌が、

 

本当は・・・                                                                                                        

♪Woo~ きっと来る~ きっと来る~♪

だったって事を最近改めて知った私。

 

映画「国宝」が話題になってるんだって。

え?いつ話題になってた?夏から話題になってた?

最近話題になったんじゃないの?

 

わたしゃ全然知らなかったよ、ビックリだね!

 

 

 

次いで言うと、「そのまま!ステーキ」、

 

ってのがあると思ってたんだけど、本当は・・・

 

「いきなり!ステーキ」だったって事も!

 

ホント世の中って、知らないことだらけなんですね。

 

ってな事で・・・

「そのまま!」 じゃなくて、

「いきなり!」 ステーキを、

「人生初!」 で食べに行きました。

 

「肉、固っ!」 と思いましたが、

「味、うまっ!」 という感想でした。

 

                29日は、にくの日だ!

 

 

 

 

そうそう、元登山家の三浦雄一郎氏は80歳を超えてもステーキ1㎏をペロリと食べるんだって。

そこでほぼ同い年の私もと思ったけど、さすがに無理~って事で450gに・・。

 

彼には到底かなわないって、そう実感しちゃった(o^―^o)

 

かなわないと言えば、これもまたほぼ同い年の美川憲一氏。

洞不全症候群パーキンソン病を患ったのにもかかわらず、あの気概迫る会見。

 

自分であればあんな状態になったら一気にふさぎ込んでしまい、たちまち終わっちゃうなー・・・なんて。

 

それをあの決意表明、本人曰く「やるっきゃない!」

ほんと感心しちゃう・・。見ててすごいとしか言えない。

あれを見て勇気をもらった。

 

やる気がない、動きたくない、寒いから・・愚痴ってばかりの自分が恥ずかしい・・。

それらはすべて命の炎として燃やし、やるっきゃない!

 

さあ、まずは大掃除!!

アイデンティティ。

                                               国歌斉唱!!

 

 

 

 

♪きぃ~み~がぁ~よ~おぉは~♪ちい~よに~ぃ~い、やぁ~ちぃよ~に・・・

 

 

・・・いわ~お~となぁ~りて~♪

 

 

 

創立四十周年記念を祝って行われたわが社の式典は、先日このような感じで始まった。

 

 

久しぶりにわが国の日の丸国旗を前にして、国歌を斉唱し、そういえば自分は日本国に住む日本人だという事を改めて再確認させられるとともに、これは今一体何のためにこんな事をしてるんだと疑問に思った。

 

○○式というと国歌を歌うのか?

今時学校の卒業式で国歌を歌うかどうかそれもまた疑問だが、それでもまだ学校というならなんとなく理解が出来る。

しかし一般の企業の式典なるもので国歌を斉唱する?というところに何か引っかかるものがあった。

まるで何か誓いを立てさせられてるかのような、日の丸を背負って戦争に行ってこい!日の丸のために死んでこい!!と言われてる気になってしまった・・。

 

大体「巌(いわお)となりて」って何?

フットボールアワーの岩尾さんになるっ!」

・・っていう事なのか?

 

教養のない私には理解不能だ。

 

 

 

 岩尾と成りて・・・

 

 

 

 

この日、これに加えて私は「日本人特有の何たら・・・」というものをじかに感じてしまった。

 

式典の会場受付時間がPM15:30からだったので、私はピッタリな時間に行くのは少しこっ恥かしい感じがしたので、その時間を少し過ぎたくらいに出向くことにした。

しかし現場に到着してみると、受付にはもはや誰も居らず、すでに会場のテーブル席にはほぼ全員が着席済みだったという・・。                                                                      

 

後に聞くところによると、会場入りしたほぼ全員がPM14:00前には来ていたというではないか!

私はバカじゃないのか?と思った。いくらなんでも早すぎる!

おそらく遅れたらよくないとかいう気持ち、いわゆる「日本人特有の何たら・・・」ってやつがそういう行動を起こさせたのであろう。

 

まさに「巌となりて」・・・だ。

 

台風や自然災害の影響で交通機能がマヒ。

それなのに、なにがなんでも時間通りに会社に出向く人々。いや、出向かなくてはならない!なにがあっても・・・という義務感・・

 

電車やバス、その他乗り物の到着時間がピッタリに到着するのが当たり前だと思う人々。

逆に一分でも遅れが生じると怒りだす人。

これらすべて「日本人特有の何たら・・・」なのだ。

 

私たちは日本人だ。

けれどもういいんだよ、いい加減・・

 

ロシアのプーチン大統領がロシアから独立したはずのウクライナの事を「小ロシア」と呼び、いまだにロシアの一部だと当たり前に思っているように・・。

 

~であるべき・・・とか、それが当たり前・・・っていう考え方、もういいんだよ・・。

 

私は巌となるべし日本人ではあるが、私は巌にはなれない。

フットの岩尾にはなりつつあるが・・・それでいいじゃないか。

 

時間ピッタリじゃなくてもいいじゃないか。

10分くらい許容範囲時間があってもいいじゃないか。

 

ちょっとくらい遅れたって、いいじゃないか。         

 

たまには会社休んだって、いいじゃないか。                                                                                                                                           

当たり前を当たり前っていう考え方、そろそろ変えて行こう。

 

食の秋。

月の夜に 聞こえる鈴の音 秋の虫。

 

と、こんな高尚な趣味は我にはござらん。

そんなものより食の秋だ。

という事で参る。

 

 

 

 

去る九月の某日。吾輩、出雲の国に降り立つ。

 

そして我は食した、「ジャンボカツ丼」という名の物を・・・さの屋にて・・・

 

 

 

全くもって秋という気まぐれは恐ろしい・・吾輩をこんな店へと導いたのだから・・。

 

吾輩は注文した。

TBSサンデーモーニング大沢親分然り、張本氏張りで「喝(カツ丼)だ!」とな。

 

店員ははて何のことだ?というような顔をしていたので、私は改めて「カツ丼を・・。」と注文した。

 

吾輩が訪れたこのお店は普通の定食屋なのだが、数種類のジャンボメニューがあるようで、ジャンボカツ丼はそのうちの一つ。

 

吾輩は全くもって大食漢ではないのだが、この情報を仕入れた時なぜだか挑戦せねばならな気持が沸々と沸いてきてしまったのだ。

いやはや、秋は恐ろしい・・。

 

 

10分後ジャンボカツ丼様入場!

 

 

 な、なんや・・・この大きさは・・・。

 

 

  お前さん、気でもふれたんとちゃうか?

 

頼んだものは致し方ない、いざ!

 

 この時点でお腹パンパン!

 

  アカン、もう食べられへん・・・。

 

 

  むぐぐっ・・!  ・・無理やり完食!!

 

この後、吾輩の臓物が半日以上はち切れ状態だったことは言うまでもない・・。

 

 

友よ、言っておこう。

こういうお馬鹿は二度とせぬ方が良いという事を。

食の秋もほどほどにせねばという事を・・。

 

一方で本物の大食漢にこの事を話すと、その彼は笑い出し、「あんなものは、おやつですよ」と言われてしまった。

 

いやはや、本物には敵わない・・。